ブレス ★★★☆☆

何度も自殺未遂を繰り返す死刑囚のもとへ面会に通う、家庭崩壊寸前の女の話。

キム・ギドクのファンタジーということで、主役二人は言葉をほとんど発さない。男に至っては一言もなかった。ただし通常(ギドク作品の)そうすることが独特のファンタジー世界演出ということだったが、本作の場合自殺しようとして咽に鋭利なものを突き刺したのが原因のため、物理的に話すことができない。

女は、心の離れた夫の代わりを求めて、死刑囚の男に会いに行ったのだろうか。発作的に始まった逢瀬、最初彼女は自分の鮮烈な記憶を話すことで、まず秘密を共有し言わば人工的に恋愛関係を構築していった。次の春・夏・秋それぞれの変な歌3連発は、夫との関係の中で記憶に残るシーンを模してある。

そこであの歌なんだが、恐らくだが(曲調から推測)韓国における、日本で言うところのポピュラーなアイドル歌謡(ex.木綿のハンカチーフとか瞳はダイアモンドとか)であって、歌と当時の記憶が結びつきやすい類の、ポピュラーソングだと思われる。それを唐突に、壁紙や小道具まで用意して歌ってしまうのは、良かった時代の記憶にすがりたい心境なのかもしれない。ベルが鳴って死刑囚の男がいなくなってからの、壁紙をベリベリ剥がす時の無表情は、過去の理想的非現実から、今の絶望的な現実へ戻される、コントラストから生じたものだ。

だから、最後の冬の歌を歌うのが家族関係を修復した親子三人になるのは、あまりに悲惨な印象が残る。結果から逆算すると、死刑囚の男は夫婦関係修復のための手段として用いられたということになり、さらに彼が一家殺人で死刑となったこと、家族三人が車内で歌っているのとは対照的に、雑居房の同居者から絞め殺されるという対比は酷に感じた。

というのは、彼がなぜ一家殺害をやってしまったのか、その理由がわからなければ、まず彼女を受け入れたこともそうだし、こうして無碍に殺されるに値するのかどうかも、見ている側は判断の材料がない。ここで、キム・ギドク的無声の弊害が出てしまう。保安課長が許可し、成り行きを静観したのもよくわからないし、いくつか謎が残ったままの終幕となった。

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