ブレイカウェイ ★★★★☆

冴えないチンピラ四人が大金を奪って人生を変えようとする話。
ハリウッド映画ではないので日本ではあまり認知されていないだろうが、本国デンマークでは大ヒットだったというだけあって面白かった。無作為レンタルもたまにこういう当たりが出るのでやる価値あるな。
はじめはギャング映画っぽく拳銃を用いたバイオレンス描写が多く、全体的にこういう感じなのかなと思っているとレストランのくだりがきっかけで変な方向に行ってしまうというか、ちょっと感動的な話に方向が変わっていくのが自然で、また四人それぞれのつながりや性格の背景なんかも徐々にわかっていって、観ているこっちも最初どーせドンパチがいくつかあって仕舞いだろうと期待せずに見ていたものの、中盤以降は話に引き込まれ次はどういう展開になるかわくわくさせてくれるものがあったのは素晴らしい。
それぞれがトラウマを抱え、それを振り払って進んでいく様が見応えある。突拍子もない展開が決定的に落ち着いてきたのはアーニーの変化だろう。牛のやりとりではあの変態猟師を撃ち殺してしまうのではなかろうかとドキドキしたが、あそこで変態猟師がいい感じの役割を担っている。この映画は主役の四人以外のアル中医者・変態猟師・きもい女がかなり重要なターニングポイントにかかわっていて、時に笑わせたり(卵の話でツッコミのタイミングが絶妙だった)ピーターやアーニーのように心を解放するきっかけになっていたりと、いい脇役もそろっている。
いびつな四人の出会い話を、最後一番冴えないステファンの所でもってくることで、彼が一度は捨てようとしたものの所へ戻ってくるのも納得できるし、そうして欲しいと感じる。最後も無事にハッピーエンド、おいおいおいおい終わってみるといい映画だったじゃねえかよと、素直に思ってしまったのでありました。
で最後の最後にもあったが、評価としてはトーキッド・アーニー・ピーター・ステファンで★4。これが最高。

ケミカル51 ★★★★★

ドラッグの調合師がこれまでのつながりを払拭して新天地リバプールで一発当てちゃろうという話。
90分の中にテンポよく話を詰め込んでいるので非常に見やすい。主役の二人以外にもそれぞれキャラ立ってるやつが多く、それがうまい具合にからまってくるという濃い内容を濃縮したためいわゆる「時間を感じさせない」映画に仕上がっているのだろう。
内容はドラッグに絡む非合法組織とドラッグ調合師と殺し屋という重い感じなんだけど、肝心な場面で入ってくる笑いの要素と、現実にありそうなドラッグと若者のカジュアルな関係をモチーフにしているので、例えばトラフィックにあったような麻薬問題に一旗揚げちゃろうみたいな姿勢は皆無だ。スピード感と展開の妙を軸に、おもしろおかしくを最後まで貫いている。
それを外堀から囲むようなのは、細かい部分だがそれぞれキャラのこだわりが感じられるところだ。エルモのスカートと常にゴルフバックというのはじわじわ効いてくるし、フィーリクスのリバプールユニにスーツという組み合わせがいい。
緩急を付けたカメラワークや銃撃戦のライト感は最近のかっこいい系映画を煮詰めた感じ。それこそパルプフィクションのサミュエル・L・ジャクソンと、トレインスポッティングでおいしい役柄にあったロバートカーライルの共演で、それプラスロック・ストックなんたらかんたらを進化させたような作りは見事だ。あと殺し屋の姉ちゃんがすごいかわいいのもよし。
イングランドのリバプールが舞台ということで、サッカーと街の人との関わり方も重要になっている。ユナイテッドサポーターとのやりとりや、フィーリクスがリバプールサポーターであること(昔のファウラーのユニを着ている)、そしてクライマックスのアンフィールド、you’ll never walk aloneなどサッカーファンは少し楽しめる。

ミスティック・リバー ★★☆☆☆

子供の頃遊び友達だった3人が、大人になってそれぞれのポジショニングで再会する話。
日本で言う小学校ぐらいの頃よく遊んでいたその当時の遊び友達と、どんどん成長していく過程においても友達であり続けたならば大人になってからの付き合いも問題ないというか、むしろ一番の友達ぐらいのポジションになっているけれども、それがある時期から(例えば中学校が別になったとか)疎遠になると、いざ大人になって会うとなると非常に億劫だ。過去のつながりからしてぞんざいに扱うわけにはいかんし、しかし親しいわけではないし、こういう場合どう対処するかはもう当人の性格による。俺は・・・・逃げるなあ。この前も親戚から逃げたしなあ。
その上この3人の場合には冒頭で描かれるでけえのが関係しているのでなおさら質が悪い。さらに面倒な事件が起こり、結局それがきっかけで3人の関係が再開するというのは皮肉なものだ。それも今度はイーブンな友人関係ではなく、刑事と被害者と被疑者ではもう、行き着くところは三者三様イーブンのハッピーエンドか、親の総取り一人勝ち後味悪いエンドぐらいで、今回のパターンは後者だったてのが具合が悪い。
結局デイヴがガキの頃から外れくじをつかまされ、大人になっても自分だけ外れくじというのがかわいそうすぎる。それにあれだけ引っかき回した結果、犯罪解決の糸口がアホ丸出しで犯行の動機がしょぼすぎるというのも、翻ってデイヴのかわいそさが増す感じで嫌な気分だ。大体見てるこっちでも最初の電話で違和感感じたほどだし、犯罪サスペンスでポリがバカ過ぎというのは全く引き締まらない。さらにジミーの嫁は最後てめえの都合で勝手なことをぬかしやがり、ジミーとショーンは何か申し合わせたように幸せ面、あれではデイヴが浮かばれん。
後味悪いにもほどがある。

ギャングスター・No.1 ★★★★☆

No.2がNo.1へのあこがれをぶちまける話。
かつてNo.1として羨望の眼差しを持って見つめていたフレディが、「ギャングスター目線では」落ちぶれていく様を目の当たりにしたギャングスターの狂気ぶりはかなりインパクトがある。黒人のやつを口封じし、ケチな泥棒を目線で殺し、フレディ襲撃を端から堪能し、ついにはその元凶である敵対ボス、テイラーをぶっ殺しに行ってしまう。あそこできちんと衣服を始末し、パン一になってから狂気に及ぶ様はフレディに対する憧れを払拭するような感じで、サイコなギャングスターのマックスぶりとしていい。かなりドぎついが。
その後の人生で再会した時の二人の様、フレディはギャング時代を達観していてカレンとの「フレディ目線では」素晴らしい結婚生活が待ち受けている「フレディ目線の」明るい将来、対してギャングスターはその世界では上り詰め今や手に入らないものは無いほど社会的に隆盛を極めているが未だに根深いフレディへの嫉妬とコンプレックス、最後再びあの頃を思い出すように(もしかすると何か事があるごとにそうしていたのかもしれないが)パン一になって「ナンバーワン」を絶叫するギャングスター、正直両極端な二人に対して自分自身がどっち寄りかというと、悲しいかなギャングスターの方に寄ってるんだなあ。
フレディは牢屋に入っても自信たっぷりで貫禄があるのに対し、ギャングスターは金はあるけどヨボヨボのじいさん、なんか空白の25年間を示唆しているようですごいせづない。

アバウト・シュミット ★★★★★

定年退職した部長が第二の人生をがんばる話。
ジャック・ニコルソンというと「イージーライダー」「カッコー」あたりが有名なんだろうけど、どっちも見て無くて「シャイニング」の印象が強いつーか、やっぱあの斧でドアぶっ壊した隙間から「ひあーずじょに~~~!!」の顔しかないわけで、あのおっさんがこういうヒューマンドラマをやるってのはどういう感じになるんだろうと事前のわくわく感でかかった。
冒頭から感じたのはまずこの「部長」の「第二の人生」という設定が絶妙であるということだ。金をもっていないわけではないが思い切り贅沢ができるほどでもないし、かといって今まで背負ってきたプライド的に下に降りるわけにもいかんし、その葛藤が日頃からあってついに見ず知らずの貧しい子供、ンドゥグにぶちまけてしまう様がかわいらしい。ちょっと同情してしまいたくなるような所もあるかと思えば手のひら返したようにオチを付けたり、笑える映画ではある。
ただこれすごいせづねぇよ。特に自分の場合ダメ人間の自覚あるから、娘の結婚相手のような悪いダメ人間に接触せざるを得ない「自分は今までダメじゃなかった」感のあるシュミットおっさんという構図がもう、おかしすぎてせづなくていたたまれない。ただああいう最低な感じの結婚式というのは日々世界中のどこぞで行われているわけで、「あー自分も絶対シュミット側の人間だ」という精神的な世間との対立を痛感させられてしまうシーンが連発で、見ているうちに段々怖くなってくる。ゴーストワールドに続き”対ダメ人間推奨映画”。
ラストの表情は流石という感じ。斧もってうろうろするだけじゃなかったんだなあ。

シッピングニュース ★★★★☆

不幸を煮詰めた感じの男が故郷に戻って色々する話。
ケビン・スペイシーにハズレなし、たとえ私が愛したギャングスターのように映画自体はどんハズレの時でも彼がいることでなんとかなってしまうような俳優だから、その点見る前の安心感はあった。事前に映画の内容は一切知らなくてもこういう俳優がいると便利だ。脇のジュリアン・ムーアその他熱い感じのおっさんらも配役に違和感なくよい。
傷心の男が戻った故郷にも多くの不幸を煮詰めた人々がいて、それがお互いに励まし合い自信をとりもどしていく過程が淡々としていて、なんとなく見ているうちに映画に引き込まれている感覚が自分でもわかるほどよく練って作られている。ただ結構ハードなことを合間にちょいちょい入れてくるのはあんまり日曜洋画劇場向けではない。
傷心とはいえ周りにはいいやつも嫌なやつもいて、そこで自分の存在を他者に認識されるのは特にああいう同族意識の強い小さなコミュニティでは大変だろうが、それを勝ち取っていく様が一つ流れを作っていて、それに自分の一族の過去が重なってくる。キープレイヤーとなった編集長にはラストで笑かされたが、それもそれまでの彼のキャラクターを考えると全然ありな展開だった。
全体的にはかなり地味で派手な演出はないけど、ハードな内容とそれに向かおうとする人の姿勢が印象に残る。他のやつらが野郎を島から出て行かせないようにと船を壊している中、それまでのバックボーンを抱えて一人だけ破壊衝動のみに駆られている様がパワフルで、その吹っ切れる様がよかった。
ただまあ、映画だからこれで済むがリアルにこんな感じの人々がわんさかいると、なんか面倒いなあ。

灰の記憶 ★★☆☆☆

ナチスドイツの強制収容所で大虐殺の手伝いをしていたユダヤ人の話。
この映画はストーリーの構成うんぬんの前に不自由なことが多すぎる。まず一つ、多くの観客がありきにしてしまっているからやってしまうのかもしれないが、第二次世界大戦のドイツあたりを扱った映画の場合はオールキャストドイツ語なりなんなりを話せるようにしろバカ。ハリウッドスターは英語しか話せんというのならドイツとかハンガリーのそのへんのスターを使えハゲ。日本映画に例えると、「顔がまあまあ似てるから」という理由でカンボジアのポルポトの映画を「日本人が日本語で」やると絶対おかしいだろう。いや時代設定やテーマの背景に関して言語というものはすげえ大事だと思うぞ。
二つ目にどうも冒頭から内容がわかりにくい、いや自分英語は話せんがお陰様で日本語英語教育をばっちり受けてきたもんで断片的にワードは理解できる、それにしてはこの字幕おかしくねえか、第一言葉が少なすぎると思い、幸いDVDだったので好きではないが日本語吹替で最初から見てみると結構字幕と吹替が違っている。吹替の方がずいぶんディティールまでフォローしていて、その後「吹替+字幕有り」で見ても、ずーーーーっと字幕がクソ。例えば「彼はどこ人」とか「どういうポジショニングにいる」とか肝心な部分が省略されていて、吹替と字幕ではバルセロナとラージョバジェカノぐらいの差がある。
ストーリーに関してはテーマがテーマだけにかなり重い。ラストにハッピーやら精神的な着陸ポイントなんてない。テーマ通りに重い感じで後味悪く終わるだけだ。そりゃ実話を元にしてるんだからねじ曲げはいかんが、「だからどうした」としか思えない。正直個人的にはこのユダヤ問題もそうだが中東とか朝鮮とか、過去にどさくさにまぎれて「やっちゃった」ことはもう全部チャラ、そんなことよりみんなでキャバクラ行こうぜーてな感じに世の中がならんかなと思ってじっと待ってる。
なるわけねえか。

あずみ ☆☆☆☆☆

原作をざっくり読んで、なんとなく作った話。
原作が大好きなんだから見ない訳にはいかないだろうビデオで。映画化の情報を聞いた時からまあクソなんだろうなという前提で見始めた開始10分、原作を知る者ならば一番大事だと知っている開始10分、クソがクソだと確信される映像にどうしたものかと悩んだ。
そして開始から20分頃、こちらは映画よりもフルーツヨーグルトでどのフルーツとヨーグルトとを合わせて喰うのがベストかの方に気が行っている所で、早くもあずみが暗殺に疑問を持ち始めるシーンが描かれたらしい(聞いた話)。あんなあ、まだ全然テロリストだぞこの辺は。展開端折るくらいならあずみを名乗るな。そういう大本の部分をぶちこわされるのが一番腹立つ。
でこれ以降、まともに見る気はなくし、なんか井上勘兵衛が言うべきセリフをじいが言ったり、飛猿にわけわかんねえおもしろキャラつけたり、もう壊せるだけ壊してしまえと、原作読んだやつは見に来るなと言わんばかりの映像がずーーーーーと垂れ流された。
「あずみ」とは関係ない部分でもかなり問題がある。まず人だけやたら多いチャンバラシーンは、日本映画独特の機微のある映像ではなく、単なる素人が殺陣の稽古をフィードバックする舞台でしかなく、それは冗長に感じてしまうだけだ。またあのワイヤー丸出しぶりはキルビルとは違うベクトルの丸出しぶりで、要は目立たないように見せる技術がないだけというのがせづねえ。
役者に関しては言うことなし。「言うことがありすぎて面倒」という意味で。宣伝で「きーさーまー」という萎えるセリフを連発してたウエトも全く問題ないです。ハリウッドで通用する。
そりゃなあ、小山ゆうは「おもしろいです。見てください。」て言うしかねえだろ。自分で自分の作品をくさすのもどうかと思うし、多少金も入ってくるわけだから。勘違いするんじゃねえ。

マイノリティ・リポート ★☆☆☆☆

205X年予知能力を使った犯罪予防組織の捜査官の日常をしんみりと描いたほのぼのとする話。
SFと近未来世界というのはSFというものが存在するようになってから未だにまたこれからもずっとおそらく蜜月の関係を続けていくわけで、そのうちリアルがSFを越えるときまで続くんだろうが、それまではどうやってもテクノロジーを駆使した技術者の自己満足を、アクションシーンorカーチェイスシーンの長回しという形で強要されるらしい。
でそういう「現時点でのテクノロジーお披露目タイム」も、昔はお手軽にCGなんてわけにはいかなかったから、でかいハリボテであったり、特殊メイクであったり、「無理ならアイデアでなんとかしろ」精神があった。今最先端のテクノロジーというといわゆるCGになってしまい、現在のテクノロジーレベルだと「微妙に何でもできる」という段階のようで、正直そういう感じがかわいらしいというか、決定的にどきどきわくわく感がない。これはなにも映画だけではなくて、CGが絡んでくるようなビジュアルを用いたエンタテイメント(ゲームとかアニメとか)に共通する感覚で、例えばゲームの場合でも制作者側はかなり気合入れてオープニングCGを作っても、普通最初からすっ飛ばされるし、まあよくて一回見てもらえるだけだ。しかも数年経過してそのCGを見てしまった場合はさらに「まぁかわいらしい」感が増幅されるという悲しい運命が待ち受けている。それでもまだCGを使っていくのはなんなんだろう。
映画でも同様に、具体的この映画だとアンダーソンが犯人扱いされて逃げる場面の長回しは振り返ると何の意味もない。強いて言えば「SFだから」という究極的な理由になってしまうので、ここ数年はSF自体を避けた方がよさそうだ。また何らかの大革新があれば、おもしろくなるであろう。
肝心の映画の中身だが、開始直後のニュアンスで伝えていくスピード感はかなりよかったんだけども、主人公の捜査官が謎を追い求めていくという御都合満載な前提に、なんかしらんがちょいちょい観客を笑わせにかかってるようなおもしろシーンがチラホラ挿入されてあって、またその謎自体もすげえ緩くて、最後までストーリーに引き込まれるということがなかった。登場人物にキャラが無くて、展開もバタバタしてるというのがでかい。確かに「おお」という展開が見えそうなシーンもあるんだが、そのたびにおもしろや丸わかりの布石などに萎えさせられ、「おめえこれこいつがガキさらったんじゃねえの」と思ったらその通りだし、「つーかこいつがアガサの親殺したんじゃねえの」と思ったらまんまだし、正直うんこだった。プルコギ達がたまにうっさいのが単純におもろいぐらいか。
久々にドリームワークスの糞を見た感じだった。

犬神家の一族 ★★★☆☆

犬神家の遺産相続問題に巻き込まれた私立探偵金田一が案外都合良く問題を解決していく話。
生まれる前だから詳しくは知らんが、この映画が作られた頃「横溝正史ブーム」てのがあったというのを聞いたことがある。「俺様はちこっとできる人間だ」的な主張を暗に示すためのツールとして用いられたらしいが、この後にも田中康雄のなんとなく滝川クリステルみたいな今思えばイタいブームがあったし、文学はちょいちょい時流の流れでダシに使われることがあるようだ。
でこのサスペンスという形式を取る場合は、そこに矛盾はもちろん少しの理不尽もいい加減な部分も見えてしまうと途端に興醒めしてしまうというリスクを抱えている。もちろんそのリターンとして、とりあえずなんか適当にぶっ殺し続けておけば、謎も深まるしテンションも維持できるので核が定めやすいという点でこのリスクはある意味当たり前だ。だからオチの部分のトリックをとうとうと語る部分には少しの隙もない方がベストだし、本来すべてのサスペンスはそうあるべきだが、とりえあずテンションで引っ張り続けてきた結果「あーもうめんどくせえから最後もテンションで押し切ってみっか」という思考が働くかどうかはわからんが、少なくともこの映画ではそう思えたのは、仮にも過去にブームがありまた現代でもおろそかでない角川ー横溝映画に見られるのは残念だ。
あら探しは嫌いだからメチャクチャ目立った所一つだけ。これ見よがしにババアがタバコ吸ってて、それまでの話があって、当然そういう結果になったときに棒読み気味の「あーしまった」はねえだろおまえ。
ただ話の作りとして、一見どうでもいい部類に入りそうな旅館の女中をかなりこだわりの視点で描いていたのはおもしろいと思った。無駄にフラッシュバックみたいのあったり。